高浜仮処分決定批判批判③仁坂吉伸和歌山県知事

  • 2015/04/21
  • 鹿島ブログ

仁坂吉伸和歌山県知事は,高浜仮処分決定について,4月20日の記者会見で次のように発言したということです。

http://www.sankei.com/west/news/150420/wst1504200034-n1.html

仁坂氏は,今回の決定を出した樋口英明裁判長が昨年5月,大飯原発3、4号機(福井県)の再稼働を認めないとの判決を出した際の根拠が生存権だったと指摘した上で「リスクのあるものは全部止めなければならないという考え方。それならば自動車(利用)の差し止め請求もできるのではないか」と述べた。さらに「なんで原発だけ絶対の神様みたいな話になるのか」と主張した。

 

大飯訴訟判決高浜仮処分決定が差止めの根拠としたのは,「生存権」ではなく,「人格権」です。

大飯訴訟判決と高浜仮処分決定に対する批判としてよく挙げられるのがこのゼロリスク論で,仁坂知事と同様に,大飯訴訟判決と高浜仮処分決定の論理に従えば,自動車の利用差止め請求なども認められることになってしまうという批判です。

この点,大飯訴訟判決は,次のように判示しています。

「新しい技術が潜在的に有する危険性を許さないとすれば社会の発展はなくなるから,新しい技術の有する危険性の性質やもたらす被害の大きさが明確でない場合には,その技術の実施の差止めの可否を裁判所において判断することは困難を極める。しかし,技術の危険性の性質やそのもたらす被害の大きさが判明している場合には,技術の実施に当たっては危険の性質と被害の大きさに応じた安全性が求められることになるから,この安全性が保持されているかの判断をすればよいだけであり,危険性を一定程度容認しないと社会の発展が妨げられるのではないかといった葛藤が生じることはない。原子力発電技術の危険性の本質及びそのもたらす被害の大きさは,福島原発事故を通じて十分に明らかになったといえる。本件訴訟においては,本件原発において,かような事態を招く具体的危険性が万が一でもあるのかが判断の対象とされるべきであり,福島原発事故の後において,この判断を避けることは裁判所に課された最も重要な責務を放棄するに等しいものと考えられる。」(34~35頁)

このように,大飯訴訟判決は,原子力発電技術の危険性の本質及びそのもたらす被害の大きさから,差止めの可否を判断していますので,ゼロリスク論という批判を行うのであれば,きちんとこの判示に対する批判を行う必要があります。仁坂知事からも,この判示に対する見解を是非伺いたいです。

 

なお,仁坂知事は,上記に続けて,樋口裁判長について,「(原発の)技術について,そんなに知っているはずがない。裁判長はある意味で謙虚でなければならない」とも強調したということです。

仁坂知事は,元経済産業省の官僚ですので,もしかすると原発の技術について詳しいのかもしれません。

しかし,樋口裁判長が「(原発の)技術について,そんなに知っているはずがない。」とどのような根拠をもって言っているのでしょうか。

樋口裁判長は,大飯訴訟の進行協議の場から,かなり専門的な質問を原告・被告双方に対し,投げかけていました。進行協議には,弁護士のほか,原告側には元技術者,被告側には関電の社員が同席していましたが,裁判長の質問に双方あたふたしながら懸命に答えていました。大飯訴訟と高浜仮処分を通じての裁判所からの求釈明の内容だけを見ても,よく検討された質問であることがわかると思います。樋口裁判長が原発の技術についてどれだけ知っているかについては,いつも慌てながら対応していた関電の代理人に一度確認されてはいかがでしょうか?

そして,「裁判官が謙虚でなければならない」という発言を批判するつもりはありませんが,私は,裁判官は総じて優秀であると認識しており,たいていの裁判官が死ぬ気で勉強すれば「裁判所に課された最も重要な責務」を果たすために必要な知識を習得することは可能であると考えています。

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