人権の感覚

  • 2016/04/08
  • 鹿島ブログ

人権の感覚というのは、身におぼえのないぬれぎぬを着せられ、おそるべき責苦を受けている1人の純真な人間がいることを考えれば、夜も眠られないという気持ちである。自分や、自分の家族が、人権じゅうりん的取り扱いを受けて憤激することではない。自分となんらのかかわりもない赤の他人が、そういう取り扱いを受けたことについて、本能的に、いわば肉体的に、憤激をおぼえることである。もし、国民の一人一人が、かような意味の人権の感覚を身につけ、どこかに人権じゅうりんされた人が一人でもいると聞くと、夜も眠れないくらい憤激を覚えるという状態が、実現されれば、人権じゅうりん行為が、あれほど公然と行われるはずはないと思う。

憲法を生かすか、殺すか。それは、かような人権の感覚を国民の多数が身につけるようになるか、ならないか、で決定される。

宮沢俊義「人権の感覚」(『平和と人権-憲法二十年中-』〔1969年・東大出版会UP選書〕所収)65頁以下

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